彼は彼女が好きだった。彼女は彼が好きだった。

だけど2人はそれを知らない。

  

宍戸亮とは小さい頃からずっとつるんでいた仲だった。
所謂幼馴染というやつであるが、一体いつから仲良くなったのかは
当人達ですらよく覚えていない。
とにかくわかっているのはふと気がつけば必ず2人は一緒にいるということだ。
顔を合わせば必ず話す。必要だと思えばお互いいつも相手を待っている。

中学に上がってお互い忙しくなり更に宍戸がテニス部に入ってから
その頻度はやや下がっていたがそれでもその関係はずっと続いていた。

そんなが妙な質問をしてきたのはとある日の昼休み、屋上で
昼食にしていた時のことだった。

「ねぇ、亮ってどんな子がタイプなの。」

予想だにしなかった発言に宍戸は危うく飲みかけていたパックの
牛乳を吹きそうになった。

「何だよ、薮から棒にっ。」

思わず喚き散らすが、はいーから、いーからとニヤニヤしながら先を促す。
宍戸は訳がわからない、といった顔をしながらも少し考えてみた。

「そうだな。」

牛乳をきちんと飲み込んでから宍戸は呟いた。

「生意気そうな感じでボーイッシュな奴、かな。」

それはあながち嘘ではない、しかし本当のことでもない。
あくまでも強いていえばというやつで、実際に好きになる場合はこの限りではない。
そんなことを目の前の友にいちいち説明するという頭は宍戸にはなかったけれど。

「へー、そうなんだ。」

一方のは宍戸の思うところなぞ知らないように(実際知る訳がないが)
呑気に言った。

「理想の相手が見つかるといいね。」
「何言ってんだ、アホくせ。それよりお前今日日番だろ、黒板ちゃんと
消してきたのかよ。」
「うっ、どうだろ。心配だから見てくる。」

は空の弁当箱を掴むと立ち上がり、じゃあ後で、と呟いて小走りに去っていく。
そんな彼女の後ろ姿を見送りながら宍戸は呟いた。

「あのニブチンが。」


一方、

「おかえりー。」

弁当箱片手に屋上から戻ってきたはどこか気の抜けた声に迎えられた。

。」

は中学に上がってから出来た女友達の名を口にする。

「御免、一人で黒板消させて。やっぱ私忘れてたんだ。」

謝るにしかし友人は気にしていないとかぶりを振る。
そのかわり彼女の目は何やら好奇に満ちていた。

「そんなことより、どうだったの。」
「ダメ。」

は即答した。

「亮の好みは生意気でボーイッシュ系なんだって。」
「それはそれは。正反対まで行かないけどアンタとは違うタイプだわな。」

は苦笑いを浮かべるしかなかった。
良し悪しはどうあれの言葉は事実だ。
自分は別に宍戸の言うような男の子っぽい活発さなどない。
だからといっていわゆる女の子らしいタチかと言えばそういう訳でもない。
早い話がはどっちつかずの中途半端なタイプなのだ。

「だけどさ、実際はわかんないじゃん。」

友人はフォローを入れてくれるがは首を横に振る。

「どうかな、亮は基本的に正直だから。」

黒板消しを動かす手を止めたがまた始まったとため息をつくのが
の耳に届いた。

「いい加減、さっさと言えばいいのに。」
「いいの。」

は再び首を振った。

「多分亮は私の事、友達としか思ってないだろうから。」


という訳で屋上での一件はにとってショックだといわざるを得なかった。
宍戸はどんな女の子がタイプなのか、そもそも冗談で聞いたことであるが
多少は本気が入ってるというのは言うまでもないことだ。
そこで返ってきた答えがあまりにも自分とかけ離れているとなると、
落ち着いていられるのは難しいだろう。

「ハァ。」

故に昼休みが終わった後の授業中、はこっそりため息をついていた。
元より苦手な地理の時間だ、授業前にああいうことがあると教師の話など
まるっきり耳に入りはしない。
代わりに頭の中ではさっきに言われたことがグルグルと回っている。

実際はわからない、さっさと言えばいい。
わかっている、そんなことはわかっているのだ。
だが、怖いのだ。宍戸とは今までずっと親友としての付き合いをしてきた。
そこへ急にそれまでとは違った感情を宍戸にぶつけてしかも
拒絶されたらどうなるのか、考えただけでも心臓が潰れる思いがする。

その一方で幼馴染みが他の女の子から手紙を受け取ったり
告白されているのを見ると時々不安になるのも事実だ。
元々女の子受けのよい奴だった宍戸は中学に上がってテニス部で
レギュラー入りを果たしてから一気に人気が上がった。
彼が誰か女の子から呼び出されたり何か手渡されたりしているのを
見かけるのは最早日常の一部と化しているくらいである。
勿論、他のどの女子よりも宍戸の側にいるのは自分なのだが、
いつかそのポジションにいられなくなるのではと思うといい加減沈黙を
守っているのも考えものだという気もする。
だけど、それでも。

亮が私の事友達としか思ってないようじゃしょうがないよね。

右斜め前方の席にいる宍戸を見ながらは結局そういう方向に決めてしまった。

そうしているうちに、授業は終わって放課後になる。
部活に所属していないは未だまとまらない思考を抱えながら
さっさと家路についたのだった。


「やってられねーな。」

が1人帰っていたその頃、宍戸はブツブツ呟きながら廊下を歩いていた。
両手を固く結び、大股でズンズン突き進むその姿は傍から見れば
殺気立ってるとしか形容出来ない。
周囲が恐れて敬遠する中、宍戸の視界に男子テニス部の部室が入った。
丁度ドアの前にたどり着いたその時である。

「ふがぁ。」
「どわっ。」

足元で急に何かが動いたので宍戸は思わず飛びのいた。
一瞬何事かと視線を落とせばそこにはチームメイトであるジローが
ドアの前で座り込んでいる。
普通ならそんな所に誰か座り込んでいたら驚く前に気づきそうだが
どうやら自分でも気がつかないほどカッカしていたようだ。
とりあえず部室に入るのに邪魔なので宍戸はドアの前で背中を丸めている
仲間の頭をはたいた。
それでろくすっぽ動かなかった仲間はんあー、と間延びした声を上げて
やっとこさ頭を動かし始める。

「ジロー、おま、どこで寝てんだよ。」

宍戸はため息をついた。
ジローという奴が時間も所も構わず寝てばかりなのはこの学校では誰もが
知っていることであるがいくら何でも部室のドアを塞いで眠っているのは
どうかと思われる。

「あー、宍戸ー。」

一方のジローは完全に寝起き状態である。

「何か今日すっごく眠くてさぁ、部室まで我慢しようと思ったんだけど
力尽きちゃってー。」

力尽きるたってもう目の前はドアじゃねぇか、と宍戸は思うが敢えて口にしない。
言うだけ無駄なのはわかっていたし、自分は今それどころではないのだ。

「宍戸こそさ、いつもより来るの遅いじゃん、どしたの。」
「てめぇにゃ関係ねぇだろ。」

宍戸は吐き捨てるがそんなことで退くジローではない。

「モテる人は辛いんだねー。」
「ウルセエよっ。」

宍戸は思わず怒鳴った。無理もない。
さっき彼は突然知らない女子生徒から大事な話がある云々のお誘いを受けた。
すぐに済むと言ってきたのでそれなら、と行ったはいいが行ってみれば例によって
所謂告白、乗る気なぞは蟻の触角の先ほどもないから
断ったら傷ついたような顔をされ、よく考えてみたら似たようなことが
今週に入って5度目と来ているからだ。

「鬱陶しいんだよ、どいつもこいつも人の都合を無視しやがって。」
「だったら早く言っちゃえばいいのにさ。」

ブツブツ言っている横でジローがポツリと漏らしたが宍戸は聞こえなかったふりをした。

言われなくてもわかってら、と思う。
ブチブチ考えるくらいならさっさと行動に移った方が早いことくらい
わからない宍戸ではなかった。
だが言われたところで彼には未だそれが出来ないのだ。
何故というにが彼を友達より上の存在と捕らえている様子が
ないからである。
実際、いつだっての彼に対する接し方は仲のいい友達のそれだ。
自分が他の女子から不必要なくらいの告白を受けて不機嫌になっていても
彼女は一向に構わない。
よしんば気がついてくれてもジローみたいに茶化してくるだけだ。

どう考えたって、は自分を友情とは別の好意の対象と思ってないことは確かだろう。

「そういやぁ、」

宍戸はふと思い出した。

「あいつ、昼休みに何であんなこと聞いてきたんだ。」
「何何、何の話。」
「こんな時だけ起きて人の話聞いてんじゃねぇ、この野郎。」

もっぺんジローの頭をはたいてから宍戸は昼休みにあったことを話した。
ジローは始め聞く気があるのか否かわかりにくいボンヤリとしていたが
宍戸の話が進むにつれ、その目はだんだん大きく見開かれていく。

「俺今凄いことわかっちゃった。」
「何をだよ。」
「宍戸って意外と頭悪いんだー。」
「意味不明なこと言ってんじゃねぇっ。」

宍戸はとうとうジローを蹴飛ばすと、障害物がなくなった部室のドアを開けた。


幼馴染という関係が面倒なものかどうかは人それぞれであるが、
少なくとも宍戸亮との場合は厄介であると言わざるを得ない。
何故ならそれが障害になっているが故に彼らは自分たちの距離を縮めるのに
遠回りをせねばならないのである。

自分たちの今を壊したくないが故にはショックを表に出すことなく
次の日の朝も宍戸に笑顔を向け、宍戸はそんな
何か言おうとしても結局口を(つぐ)むのだ。


そうして時間はどんどん過ぎていってしまう。

「亮、また恋文貰ったの。」

とある日の朝、教室にやってきた宍戸にはからかうように言った。
教室のドアのすぐ側、壁にもたれて朝練を終えた彼を待つのは
彼女の日常の1つである。
一方そんな彼女に対し、宍戸は仏頂面をしていた。

「お前、その言い方はねぇだろ。」

かなり機嫌が悪かった。
その左手にはどうやら元は封筒だったらしい紙がグシャグシャの
状態で握られている。
下駄箱にでも入ってた奴を怒りに任せて握り締めたのは一目瞭然だ。

「こっちはウゼェったらねぇんだぞ、これで一体何度目なんだか。」
「いいじゃない、世の中にはモテなくて悩んでる奴だっているんだし。」
「知るか。」

宍戸はイライラと呟いて、握った封筒―だったもの―をズボンの
後ろポケットに突っ込む。

「お前は、」
「え。」
「平気なのかよ。」

押し殺したように突然漏らされた言葉に何のことかわからず
は壁に預けていた背中を離した。
呆けた顔のまま立ち尽くしていたら、宍戸はもういい、と呟いて
先に教室に入っていってしまう。

「何なの。」

大変困ったことに、この日宍戸の機嫌は最悪だった。
元来から気が長いとはお世辞にも言えない奴だが、今日はまた格別である。
が何を言ってもまともな返事をしないし、したらしたで
『うるせぇんだよ』の一言で一蹴、ときている。

「ねえ亮、こないだ言ってたCDだけどさぁ、」
「うるせぇな。考え事してんだ、邪魔すんな。」
「さっきから何怒ってるの。」
「怒ってなんかねぇ。」

イラついた調子で言われても説得力がない。
おそらく自分のせいで宍戸は怒っているのだろうが自身に
心当たりがないのではますます困惑する。
もしかして朝に手紙のことでからかったのを根に持っているのだろうか、
そんなに度量の小さい幼馴染ではないはずではあるが。

「亮、」
「うるせぇつってんだろ、黙ってろっ。」

バーンッと机を叩く音が響き、教室にいた生徒の目が一気に集中した。
宍戸がハッとしたようにの方を見るが当の本人は
突然のことに頭が真っ白になってしまい、固まってしまっている。
亮、どうして、と口を動かすことすら出来ない。
がただただ立ち尽くしてる間、状況に耐えかねたのだろう、
宍戸は何も言わずに教室を飛び出してしまった。
それでもは動くことが出来ず、目からは涙があふれ出した。


一方教室から飛び出してしまったの宍戸は、自分のやらかしたことに
ついて悶々としながら屋上で壁とにらめっこしていた。正直まずった、と思う。
『みんなそう言う』ってな話であるが、あんなことを言うつもりはなかった。
全ては自分がちゃんと伝えないのが原因だ。
なのににあんな顔をさせてしまった。
これで平気でいられるなら宍戸亮という人物は成立しない。

「くそぅ、どうすりゃいいってんだよ。」

1人ブツブツ呟きながら宍戸は何の罪もない壁をボコボコ蹴る。
すると、

「んあぁ、うるさいなー。誰、壁揺らしてんの。」

まさか上から人の声が降ってくるとは思わなかったから宍戸の動揺はかなり激しい。

「何だてめぇは、いつもいつもいきなり。」

宍戸は貯水タンクが設置されている屋根の上でゴロゴロしている物体を
睨むが、向こうはいつもどおりボンヤリした顔でお構いなしだ。

「誰かと思ったら、宍戸だぁ。そっちこそ何やってんの。」
「別に。」

だがしかしそんな返事で満足するジローではない。
宍戸が口を割るまでしつこく、ねぇ教えてよーを連発し、
鬱陶しいからと放っておけばケチーとかカタブツーとか無茶苦茶を言い始める。
とうとうたまりかねた宍戸は一発だぁ、もうっと叫んで飛び上がった。

「わかった、話してやっからとりあえず黙りやがれっ。」

完全にジローの思う壺に嵌ったのはわかっているがこの際構っている場合ではない。
それに少しでも吐き出せば今腹の底でもやもやしているものを
少しでも払拭できるかもしれない。
そういう訳で宍戸は事の次第をジローに話してみた。
散々騒いだジローは大人しく黙ってチームメイトの話を聞いていたが、
聞き終わってから第一声こう言った。

「宍戸、サイアクー。」

宍戸はうるせぇよ、と呟くものの例によって否定が出来ないものだから
自然その言葉は幽かになる。

が気づいてくれないからって八つ当たりするなんてどーなのさぁ。
自分がちゃんと言わないのが悪いのにー。」

指摘されたことが正しいということ以前に、きっちり様子を観察されていたことに
宍戸は心の中で舌打ちをする。随分と面倒なことになったものだ。

「あのさ、宍戸。」

沈黙してしまった宍戸にジローは更に言葉を重ねた。

、絶対待ってるよ。」

その言葉に宍戸は体がピクリとするのを感じたが、んな訳あるかと
自分に言い聞かせる。

「俺、も1つわかっちゃったー。」

今度は何だ、と思ったらジローはこう言った。

「宍戸って実はビビり君だったんだ。」
「そうだな。」

それはどうしたって認めざるを得ない事実だった。


「結局宍戸の奴、授業に戻ってこなかったね。」

さっきの一件の50数分後、隣でが苦々しげに言った。
それを聞いて机に突っ伏していたは身じろぎする。

「しょうがないよ。私のせいでああなっちゃったんだし。」

掠れた声でやっと言えたのはとりあえずそれだけだ。

「アンタ、まだそんなこと言ってんの。」

は呆れたように声を上げるが、は意に介するつもりがない。
だってしょうがないもんはしょうがないじゃない、と彼女は思う。
何だかよくわからないが、宍戸が怒ったのはとりあえず自分の鈍感のせいであることは明白―少なくともはそう思っていた―だからだ。

「もうダメだ、完璧亮に嫌われちゃった。」

呟いた瞬間、が椅子からずり落ちる。

「ちょっと待ちなよ、宍戸が直接そう言った訳じゃないでしょ。」
「そうだけど。」
「だったらまだ結論はわかんないだろうに。」
「同じだよ。」

は腕で目の辺りをグイッとこすりながら言う。

「亮は思ってないことは絶対言わないもん。」

自分で言っておいては何だか辛い気分になってきて、
更に体を縮こまらせる。
すると友人は驚いたように言った。

「あんたらこの期に及んでまだ気づいてないの。」
「気づいてないって何が。」

でこれまた驚いて顔を上げる。彼女にしてみればの言っていることが
まるでわからない。
一体この友人は何をそんなに驚いているのだろうか。
はそんなの反応にやれやれとため息をついて首を横に振った。

「他人が言うことじゃないけど、ホントあんたらってニブチンだねぇ。」
。」
「ま、あんたのタチがタチな上、相手が宍戸じゃしょうがないか。」

友人はうーんと伸びをすると立ち上がり、ちょっとトイレ行ってくる、と
席から立ち去ってしまった。
後にはどうにも釈然としない気分のが残された。


宍戸から呼び出されたのは放課後のことだった。
はいつもどおりさっさと帰ろうとしていたのだが、教室を出ようとした時に
制服のスカートのポケットに入れていた携帯電話が振動したのである。
取り出してみれば宍戸からEメールが一件、差出人は宍戸で本文には
自分が部活を終えるまで待っているようにといった意味のことが書いてあった。
例の一件のことで話でもあるのか、それとも他の意図でもあるのか
滅多にない幼馴染の行動には戸惑いを覚えたが
とりあえず今教室で宍戸を待っている次第だ。
運動部とういうのはえてして練習時間が長いものだがテニス部も
例外ではなく、幼馴染が来るまで宿題や明日の予習などに手をつけることにする。

とは言うものの心の中でやはり何かがひっかかって落ち着かず、
シャープペンシルはろくに動かない。
結局ワークブックの余白にしょうもない落書きをして時間を費やした挙句、
部活を終えた幼馴染がやってきたのだった。

「待たせたな。」

やってきた宍戸はどこかぎこちなく言った。

「何言ってんの。」

はいつもどおり笑って言おうとしたがうまくいかない。
しばし沈黙が流れる。
先にそれを破ったのは宍戸の小さな呟きだった。

「今日は悪かったな。」

は首を横に振る。自分こそ無神経だったのだ、何も宍戸が謝ることはない。
そう言うと宍戸は自嘲気味に笑った。

「お前が謝ることじゃねぇ。それは俺が一番よくわかってる。」
「そうなの。」

はよかった、と一息つく。

「てっきり完璧に嫌われたかと思ってた。」
「そんな訳ねぇだろ。」

言う宍戸の顔に急に朱がさした。
一体どうしたのかとが覗き込もうとするが宍戸はババッと
顔を逸らせてそれを阻止しようとする。
しばし2人はそんな攻防を続けたが、とうとう宍戸が観念したように
正面を向いて口を開いた。

「俺はだな、」

下手をすれば叫びに進化しそうな声色だった。

「お前のことがずっと、」
「え。」

尻切れトンボではあったがその言葉には一瞬麻痺状態になった。
自分の耳が信じられない。確かにそれは目の前の宍戸から
発せられたはずなのにまさか、と思う自分がいる。これは夢ではないのか。

「嘘でしょ。」
「嘘じゃねぇよ。」
「でも、私、亮の好きなタイプと全然違うし。」
「いい加減にしろよ。」

宍戸の声が少し苛立ちを帯びてきた。

「俺がそんなこと嘘で言えると思うか。」

はあ、と思った。
思わず改めて宍戸の顔を見ると、彼は至極真面目な表情でを見つめている。
それだけで十分だった。

「亮、私もね、」

そうしてこの瞬間、2人の距離が縮まった。


その日の帰り、2人は久々に一緒に歩いていた。
辺りはすっかり日が暮れて、そろそろ闇が近づき始めている。
そんな中と宍戸は黙って歩いていたが、その沈黙は彼らにとって
重苦しいものではなかった。しばらく歩いていた頃だった。

「あ。」

はふと途中で足を止めた。

「ねえ、亮。今日はこっちから帰ろうよ。」

はそう言って本来の下校路とは違う方に宍戸を引っ張った。
宍戸は別に何も言わない、ただ引っ張られるままに足を向ける。
住宅街を区切るように通る一本の道、それは2人にとって懐かしいものだった。

「久しぶりだな。小学校の頃、よくこっからわざと回り道して帰ってたっけか。」
「うん、寄り道すんなって後で親に怒られたけど。」

は目を細めて前方に伸びる道を見つめる。

「回り道、」

急に宍戸がポツリと漏らしたので、はえ、と一瞬振り返った。

「しちまったよな。」
「そうだね。」
「大体何で2人とも気づかなかったんだよ、伊達に付き合いがある訳じゃねぇってのに。」
「近すぎたからわからなかったのかもね。」

宍戸はケッと吐き捨てただけだったが顔が妙に赤いのをは見逃さない。
多分図星だったことに対して決まりが悪くなってるので
あろうことはだからわかることだ。

「別にいいんじゃないかな。」

は言った。

「とりあえず今があるんだし。」

宍戸は、だな、と呟くと小さく微笑んだ。

「別に回り道したっていいよな。」
「そうそう。」

そうして日がどんどん傾き始める中、2人は一緒に回り道をして帰ったのだった。

ちなみに後日、とジローに散々遅すぎ鈍すぎと突っ込まれたのは
言うまでもない。

終わり


作者の後書き(戯言とも言う)

撃鉄シグ初宍戸夢であります。
とりあえず思うのは、時間かかりすぎ。アイディアの欠片を打ち込んでは
消してまた打ってを何度繰り返したかわかりません。
タイトルを『回り道』としたものの、それすら決まるまでに長い時間を
要したので結局一番回り道したのは書いた本人のような気がします。


ともあれこの作品はリクエストくださった水城手鞠(旧:華白)様に捧げます。
出来上がりが非常に遅くなってしまって申し訳ありません。
どうかお納めくださいませ。
ここまで読んでくださった方も有難うございました。

2005/08/07


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